つきもり鍼灸整骨院

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師とは

 先日、学術大会参加のため上京した月森です。東京で行われた学会のシンポジウムで「経絡治療を受け継ぎ発展させる」というテーマに各先生の意見や考えを探る内容が討論されました。とっても臨場感があり楽しめた内容です。僕なりの師について考察してみた次第です。師の漢字を調べてみると、「教えを導く人。手本となる人。先生。」と記載しています。師匠とは、「学問・技芸などを教える人。先生。」師弟関係が成立する呼称のようです。調べていると、〈師資相承(ししそうしょう)〉という四時熟語がありました。(師の教えを受け継ぐこと。また師から弟子へ学問や技芸などを伝えていくこと。)という意。そして恩師とは、教えを受け、世話になった先生。とあります。僕には師とあがめる?いや、憧れる方が3名います。僕は誰かのもとに弟子入りをした訳でもないし、治療方法を教えてもらったことはありません。○○直伝、流派というものもないです。1人は神戸灘区で鍼灸整骨院を開業されているY先生。患者さんに向き合う姿勢や技術知識を高め向上していく様を目の前で学んだ一人です。弟子として行った訳ではなく、そのとき関わっていた患者(選手)を治療をお願いし、鍼灸や治療のことをまじまじと見て肌で沢山のものを得ました。2人目は、某大学のアスレチックトレーナーとしてAT Roomを任せられているKさん。けがをした選手と向き合い、体を自身で管理し選手生活をケガのないようサポートしていく様を見せてもらえました。この二人に共通な点は、目の前の人とちゃんと向き合うということ。その人に何が大切でこの先のことまでも考えてサービスを提供している点です。そう、カラダと向き合う職業として大切な信義を教えてくれた方々です。3人目は、恩師という関わり。東洋医学の門を開いて下さったN先生。専門学校で教わり、個人の勉強会でセミナー受講、経絡治療学会での研修会でご一緒すること。沢山の時間を共有した恩師という存在です。臨床家に大切なこと、人として大切なことも教えてくださっている方。なので、そこに弟子入りしたこともなく、師匠とお呼びしたこともない。この三方が僕にとっての(師)というあこがれる存在であり、空気を共にして信念や姿勢を教わったことは間違いない訳です。師というのは、人があこがれ、その人のような存在になりたいと思うことで出来上がるもの。

学びは未来への投資だ

第三講 研修会が催されました。

1月26日(日)、米子市文化ホールにて、山陰部会 第三講を学会会長 岡田明三先生をお招きし「患者の信頼を得る経絡治療」と題して講義実演を行いました。米子市はあいにくの雨模様でしたが、先日の寒波のことを思うと少し温かく感じた本日。鳥取市ではポケモンゴーのモンスター?が砂丘に出るということで、町中が渋滞だったとのこと(石破)「いや~経絡治療ってやっぱり楽しい!」それに尽きるご講演でした。明三先生が長年鍼灸にたずさわってきた経験を包み隠さずお話を伺い、鍼灸師として、人として必要なことを淡々とお話くださりました。【鍼灸師として患者さんに接する前に、人としてどうあるべきなのか。】私たち鍼灸師は、患者さんからこう呼ばれます。先生、先生と。私も18歳から鍼灸整骨院で診療補助をしていたとき、先生と呼ばれていたのを思い出します。先生という職業はほかに、お医者様、お茶の先生、書道の先生、弁護士の先生、学校の先生など。先生という職業は、言葉や技能で人に伝えていく立場の人間。社会的にも、人としても誰かのお手本になる人である必要があると思っています。プロの鍼灸師として患者の信頼を得るということは、【その人、その人が抱えている悩みや痛みを患者さんの背景も考慮して、共感理解する、心の寄り添いが信頼を得る】そういう風に私は受け取りました。脈って単に、証(東医的な診断)を決めることだけじゃないんだよ。脈を取るという行為そのものが患者の信頼に繋がるよ。脈が速いか遅いか、強いか弱いかでその人がどうやって鍼灸院へ来たのか、どんな状態かというものを理解できる。私は脈診が、患者と対話するためのコミュニケーションツールだ!と感動しました。とても柔軟で分かりやすい説明で受講生の皆さんも真剣なまなざしできらきら(^^)